自然美と手仕事のやさしさが際立つ「角館の匠」

有限会社 冨岡商店

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フェスティバル2010
ブースNo.133
角館の樺細工 香月(かづき)
ふるさと祭り東京
ブースNo.C-27
アート&クラフト香月
角館の「樺細工」の歴史1

角館の樺細工は、江戸時代の中期天明年間(1781~88)に、角館を拝領していた佐竹北家家臣団の一人、「藤村彦六定継」によって創始されたと伝わっています。

この樺細工の源流を探求すると、その発祥は阿仁地方(現在の北秋田郡阿仁町周辺)ではないかと言われています。それは、

  • 阿仁地方には、古くからの樺細工に関する言い伝えがある
  • 少しではあるが、樺細工に関する資料が阿仁地方に残っている
  • かつて、大館市にも樺細工があった(現在でも、ごく少数の樺細工職人さんがいるようです)。
    阿仁地方は、角館町と大館市のほぼ中間に位置している。

ということから推察されています。

何故、この阿仁地方で樺細工が発生したのかということは、江戸時代中期という遠い過去のことであることと、ほとんどその当時の資料がないことから、今となっては正確なことは分かりません。
しかし、1つだけ手掛かりになりそうなことがあります。それは、この地に秋田佐竹藩立の鉱山であった「阿仁銅山」(寛文12年,1672年~)が開かれていて、紀州(現在の和歌山県)をはじめとする諸国から精練技師や掘子(鉱夫)を招いていたということです。
諸国から招かれ、阿仁地方に住み着いた人々がもたらした有形無形の諸々の中から、「樺細工」の原型が醸成されていったのではないか?ということのようです。
まあ、何はともあれ阿仁地方で発生したであろうと思われる樺細工の原型が角館に伝わり、藤村彦六が角館で創始したというのがほぼ定説になっています。本当はどうだったのかというところは定かではありませんが...
実際に藤村彦六が創始したのかということも正確には分かっていないのです。ただ、これだけ「藤村彦六」という名前が出てくるということは、角館に樺細工が発生するに当たって、相当重要な役割を果たしたであろうと考えられます。

角館には、この藤村彦六に関連するといわれているものが2つ現存しています。

  • 妙徳寺(角館町大塚)に奉納されている、藤村彦六が樺細工の製作に使用したといわれる金槌
  • 角館町樺細工伝承館に所蔵(常時展示中)されている、藤村彦六作と伝えられる印籠

この2つです。これが現代の樺細工と、そのルーツを結ぶ細い線となっています。しかし、これとて本当に藤村彦六が使った金槌なのか、藤村彦六の製作した印籠なのか、ということは分かっていませんし。
あくまでも、「伝承」としてそのように言われている、ということです。

つまり、「樺細工」のルーツはよく分からない、今となっては調べようもない、ということです。


角館の「樺細工」について | 角館の「樺細工」の歴史2 | 角館の「樺細工」の歴史3

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